2025年も相変わらず、仕事ではデータ連携と無線LAN、国際標準化を中心に活動しました。また、前職のアドバイザーとして、元部下達と久しぶりに色々と活動して、彼らが大きく成長している姿を見て、とても心強いと思い楽しい仕事ができました。
一方で、SIPなどの国からの委嘱業務は、実に多様で、本当に科学技術分野では、多くの期待できる取り組みがあることを実感しました。
私的には、相変わらず馬と戯れ、東京と山梨の2拠点生活をしてましたが、加齢なのか段々と細かいことで、手抜きかな思うことも増えてきた気もします。
というわけで、去年を振り返りながら、今年の希望をテーマ毎に書いてみました。長文です。
データのもっと自由な流通を、真の意味でのThe Internet of...を目指してEverySenseを、起業したのはこの前の午年の時で、早くも干支が一回りしてしまった。最初は、リアルタイムデータの流通から始めたのだけど、途中からストアードデータにピポットしたけど、まだまだ想定している市場創出には至っていない。
とはいえ、個社というよりは、並行して進めている社会認知や受容性を高める規範的なルール形成を目指すデータ社会推進協議(DSA)に国際標準化活動は、2025年は、大きな進歩を遂げたと実感している。
国内では、官民協議会が設立され、JDSA(Japan Data Space Alliance)も立ち上がり、All Japanでの推進体制が固まりつつある。国際的にも、日本でのデータ連携の窓口は、DSAだよねという認識が広がり、2国間協議の申し入れなど多くなった。実際にグローバルな連携のためのIOFDSは、2回のData Spaces Weekを開催し、三年前に始めた円卓会議からは大きく参加者も増えた。
また、国際標準化では、一昨年にIEEE 3800-2024を発行したDTS-WG(Data Trading System Working Group)が、IEEE SAのEmergent Technology Awardを受賞したことは、大きな励みだろう。
さて、このような中、2026年は、DSAのDATA-EXも若い仲間との構築が進み、さらにはデータ取引市場は新たな連携も増え、データの財化から公平・中立なデータ仲介者としての機能を確立し、DFFTに実現に貢献するつもりです。
また、新たな標準化として、適切なデータスペースを発見し、必要な参加情報を得るためのプロトコルの標準にも取り組みます。もう、能書はいいから使ってみなよモードに入る2026年です。
2026年もIEEE SAでは、SASB. NesCom,PatCom,ArComに任命されたので、日本の標準化の推進をIEEE SA側から支援したい。ArCom(Award Committee)への任命は、去年僕が表彰されたらかなのか、ぜひ2026年も日本から受賞者が選出されることを期待したい。
1993年頃から取り組んできたスペクトラム拡散は、無線LANとしてIEEE 802.11やWi-Fi Allianceでの標準化により、大きく社会基盤となった。去年の一月に神戸で開催したIEEE 802.11 Wireless Interimは、過去最多の参加者を記録し、これでひと段落でしばらく802.11は卒業することにした。
でも、この無線LANの関係は、結局のところ僕はやめられないライフワークみたいなもので、2025年からはWi-Fi AllianceでBroadcast TGの議長として、IEEE802.11bcの認証プログラムの策定に着手した。
また、並行して公衆無線LANをリードするWBA(Wireless Broadband Association)でも、推奨標準の策定作業班が設置され、副議長として進めることになった。
11bcは、従来の無線LANを同報通信として放送型で活用する手法で、ある意味では通信放送の垣根を壊す最後のチャレンジでもある。
また、古巣の若手とともに、久しぶりに機器ベンダーの立場で、働けるのは、やはり嬉しいのだ。
というわけで、2026年は、Wi-Fi Broadcast という、新しい市場創出にベンダーやキャリアの力を集結して、世界で後塵を拝する日本の無線LAN業界をもう一度トップランナーにできるように頑張ってみようと思う。
2025年は、幸いに骨折も入院もしなかった。だけど、3月に65歳になったと同時に膝が曲がらなくなり、加齢による変形性膝関節症と診断され、その後に馬の競技会の時にさらに痛めてしまい、普通に歩くのが辛い状態だった。
ところが、その後の診断で、膝に水が溜まっていることが判明し、これを抜いたけど、すぐには良くならなかった。そこで、さらに消炎剤と関節液の注射をしてもらってから、徐々に回復してきた。
それでも、一気に良くならないけど、随分と楽にはなった。ただ、まだまだ長時間歩いたりする膝に違和感が出るけど、無理はしないで少しずつという感じだ。
一方で、癌の方は8年目も再発はしていないのだけど、終診にはならないので、相変わらず三ヶ月ごとの血液検査はしている。
さらに、2年前に骨折した右上腕骨は、本当にリハビリに失敗したけど、なんとか生活には大きな支障がない範囲では稼働している。
2026年は、恐れずにでも無理せずに、健康にも留意しながら、自制心のある大人になって、華麗な加齢をしたいわ。
去年は、春のエンデュラスで膝を痛めて途中棄権してしまい、最近は随分と完走していない。アリスとも分かり合えたり、わからなかったりという微妙な関係が続いてる。
膝の怖さがあるので、エンデュランスには、もうありまり出れないかもしれないけど、アリスとは、あれやこれやと楽しみがあるので、馬はやめれないな。
去年の乗り納めで感じた、あの一体感の持続を目指して、今年もアリスと楽しく過ごしたいものだ。
去年は、久しぶりに集落の組の総代ということで、役員会などへの参加もあったけど、残念がらフルタイムで居住していないので、参加できないことも多かった。この辺りは、正式に受民票を移すまで変わらないかな。
一方で、2025年は、とても悲しいかな多くの方の訃報に接した。特に、父のように慕ってきた知人や2026年にはぜひもっとご一緒にと思っていた先輩の他界は、とても辛いものがあった。まぁ、年齢的にも知人を見送ることが増えてきているけど、時に自分より若い人の訃報もあって、それはそれでかなりキツイ。
2026年は、季節の気温に影響されずに安定したバゲットが焼けるようになりたいなぁって、お前は何屋だよと自分でツッコミしておこう。