午前中、我輩は自動車――通称・黒塗りの冥界号――を駆ってSunnyへと向かった。これは由緒正しきコンパクトカーであり、外観は少々煤けているが、車内に積み込まれた過去のレシートと紙コップが歴史の重みを語っている。Alice嬢との一鞍は、昨日の失態を挽回すべく慎重に挑んだが、如何せん太陽の執拗なる照射により、当初予定の三十分ももたず、二十分で撃沈。膝の具合は徐々に良化しており、これは我が肉体の執念と、温泉と湿布の奇跡の合奏であると信じたい。
Sunnyから韮崎へと転進し、まずは髪を刈られ、次に家電量販の迷宮へ潜入した。我が家は築二十年を越え、ようやく文明の利器、すなわち冷房装置を迎え入れるか否かという深遠なる命題に直面している。見れば見るほど、機種は多種多様、形も様々、値段もまちまちで、思考はたちまち泥沼化。理性が乱れ、「あ、やっぱり扇風機でいいかも」などという逆走思想すらよぎった。
帰宅後は、昨日焼いたベーグルにスモークサーモンを挟んで昼食となし、午後は地味に地獄――すなわち事務仕事に没頭。評価案件という名の魔物が数多跋扈し、その多くが「無線技術の栄光は遠く過去の話だったのかもしれない」と我に思わせる、刹那の挫折感を伴うものであった。
ところで、世の中は参議院選挙の佳境に入り、候補者同士の中傷合戦が話題をさらっている。陰謀、諜報、SNS、フェイクニュース、さらには隣国からの工作疑惑まで飛び交う有様は、いっそ痛快ですらある。移民や難民といった重厚な社会テーマもまた、真夏の夕立のように突然に現れては人々の関心を掻き乱している。
閑話休題。我が家には今年の正月明けより、朝晩欠かさず訪れる風変わりな来客がある。第一発見者は我が先住民、通称ちび子(ハチワレ・白黒・気まぐれ系)。彼女は当初、この新参者に慈悲をもって接し、食事の際には呼び出しては席順を譲っていた。が、近頃は両者ともに一歩引いた距離感を保ちつつ、鉢合わせぬようスケジュール調整している節がある。猫界における「大人の関係」というものか。
その新参者、妙に姿勢がよく、食事を待つ背筋の伸び具合に一種の品格を感じる。あまりにも気になるので、我は遂にスマートフォンを取り出し、Googleの画像照会神に身元の問い合わせを敢行したところ、返ってきた答えは「ロシアンブルー、シャルトリュー、ネペロング、あるいはマルタ猫では?」とのこと。何だその曖昧な回答は!と怒りを覚えたが、別の角度の写真では「ブリティッシュショートヘア」まで浮上してきて、我は混迷の渦に飲み込まれた。
しかし、いずれにしてもこれは日本国産ではない。明らかに外来種である。だが、たぶん一世ではなく、二世か三世、つまりは「在日外国猫」もしくは「帰国子猫」の可能性が高いと推測される。
ここまで来れば、いよいよ事態は謎めいてきた。この上は本格的に取り調べを開始する他あるまい。我が尋問の秘奥義、すなわちチュール――猫界のカツ丼とも称される最終兵器――を用いて、奴を籠絡し、真実を白日の下に晒すのである。覚悟せよ、猫よ。我はお前の正体を暴く!
というわけで、今日は森見登美彦風です。