朝、東京に移動して、IPAとDSA共催のデータ未来会議。基本的にはパネルディスカッションペースの会議で、今回はなんとともプラクティカルで面白かった。
ただ、まぁメディア系な品の無さは、もう勘弁してねと思うことしきりだったりもした。
ところで、ふと気付いたのだけど、最近よく耳にする"言語の壁”という言葉の本質は、言語じゃないかもしれないということだ。たしかに、色々とガラパゴス的課題や国際競争力の根幹には、日本語という言語の問題はあるかもしれないけど、どうもそれだけじゃない。
でっ、何かというと、日本語のもつハイコンクスト性が思考形態に影響しているのでということだ。つまり、曖昧で抽象度が高く、雄弁より沈黙を金とする文化は、カタカナ、ひらがな、漢字という多様なキャラクタにより構成される複雑な言語体系の上にある。そして、このハイコンテクスト故に、空気読めよ的文化になり、物事を論理的に決めない、議論しないことにつながっているのではないかと思うのだ。
つまり、言語やキャラクタセットの多様性が、思考形成に多分に影響しているのではと思ったのだ。この辺り、機会があったら言語系の専門家に話を聞きたい。