この時期になると、夏休みと山の日が重なって、SNSは山や旅行の写真でにぎわう。けれど今年は違った。先週からの大雨が町を濁らせ、被害の映像が流れるたび、浮き立った投稿は静かに消えていった。
豪雨に見舞われた地域には、熊本や福岡をはじめ、私の知人が何人もいる。幸い、直接の被害にあったという知らせは今のところない。それでも、まだ雨のやまない場所もある。こちらからできるのは、ただ遠くで無事を願うことだけだ。
山といえば、去年の秋、元同僚に誘われて登った甲斐駒ヶ岳を思い出す。黒戸尾根からのルート――日本三大急登のひとつだ。目的は、山頂から自宅を探すことだった。けれど、あいにくの雨で視界は閉ざされ、夢はそのまま霧に紛れた。
つい最近も、同じルートで遭難した人のニュースを見た。無事に下山できたのは、同行者がいてくれたからだ。感謝という言葉は簡単だけれど、それ以上の重みを、あの下山の足取りは知っている。
自宅の棚には、その時に新調したシュラフやリュック、レインカバーが並んでいる。一度しか使っていないから、ほとんど新品のままだ。それらを眺めていると、また登りたいという衝動が湧く。窓の外に甲斐駒ヶ岳の輪郭が浮かぶたびに。
けれど、膝を痛めたままで、トレーニングもしていない。現実は、それを許さない。
それでも、二泊三日の雨の中、森林を歩き続けたあの時間は、今も鮮明だ。自分と向き合うしかない静けさと、ただそれだけが与えてくれる心地よさ。
だから、膝が少しでも回復したら、近くの低い山に登ってみようと思う。一人では心許ないけれど、それでもいい。そのときは、ちゃんとした登山靴を買おう。新品のままの装備に、一つだけ本当の使い道を加えるために。
と、山の日なので、湊かなえ風のリライトしてもらったわ。