とあるヒアリングで、ある分野(仮にhogehoge)での国際標準化の課題とか推進体制について聞かれた。それにしても、まったく理解できないのは、この"hogehogeの国際標準化"というタイトルだ。"hogehoge"の定義が不明確なのだ。そもそも標準化では、階層モデルを明確にしていくことが大事なのにだ。この漠としたテーマ設定から推察するのは、明らかに標準化のことを知らない人が予算立して、受託したシンクタンクがヒアリングしてる感がたまらなく日本的だわ。
でも、逆にいろいろなことを読み手側でご都合解釈できるとこが、日本語の魅力なんだなぁ..と思うと、なんかそれはそれで捨てがたいかもね。
さて、そんななかで推進体制の話しになったので、ちょうど先週もあったけど国内で国際標準化を推進することを声高に掲げて、いろいろな検討会やらコンソーソアムやらが組成されているのだが、まずその体制があまりに国際標準化にそぐわないから変えるべきではと意見を述べさせてもらった。
僕には、国内の多くのこの類の会合の示すお題目からは、少なくとも複数のステークホルダが参加して検討や研究をし、結果として国際標準を提案し、策定し、それを普及させていくことを目論んでいると読み取れる。
そして、その多くには、とりあえず国際標準化の人材育成というのが入ってる。でもさぁ、本当に国際標準化を推進して、そこで活躍できる人材も育成するというのなら、そういう検討会やらコンソーシアムの運営や形成を、国際的に通用する仕組みでやるべきではないだろうか?
仔細な話しに見えるけど、例えば国が主導する多くの検討会やら協議会、コンソーシアムでは、シンクタンクなどが事務局を請け負うことが多い。そして、その初回の会合とかでは、設置要綱のようなものが開示される。
そして、この要綱とか規約に書かれてるのは、概ねその会の名称、目的、構成員、座長の選任とかまでで、そもそもこの要項や規約をだれが起草し、誰が改定できるのかがない。そして、なによりも複数の人や組織で会議をし、提言なり報告なりをまとめるのに、そこでの意思決定のルールさえも書かれていないことが多い。
しかし、国際標準の世界では、こんなしゃんしゃん、お友達ルールしか経験のない人は、活躍できるわけがないだろう。本気で国際標準化を推進し、人材を育てるならば、検討会、協議会、コンソーシアムを組成する人たちは、そういうPolicy&Procedureを、まずは国際的に通じるレベルで起草するのが第一ではないだろうか。