今夜の7時からのセッションで、四月末から行ったDTAの連続企画Webデータ流通推進フオーラムの全14回のセッションが終了した。これは、いつもDTAが四半期毎に行ってきたデータ流通推進フォーラムが、新型コロナウィルス感染防止のために中止したことに加えて、今回のコロナウィルス問題がいろいろな視点でデータ流通や活用の課題を浮き彫りにしていることから、急遽企画した連続フォーラムだった。
自由民主党のデジタル社会推進特別委員会の協力もあり、特定個社、個人の意見ではなく、さまざまな参加者の議論からの提言を受け取ってもらうことが目的でもあった。
外出自粛、在宅勤務、テレワークが推奨される環境であったせいか、最終的に600人弱の人が参加登録をされ、実際に250人を超える参加者の回もあり、平均しても200人近くが参加したフォーラムとなったのには、正直かなり驚いた。おかげで、WebExとZoomの併用というトリッキーなことをして、両方の契約も大容量に更新するなんてこともした。
全体を通して感じたのは、とにもかくにもIT系な人たちと法政に関わる人たちの距離感が、とても近くなったのではと思う。そして、なによりも思うのは、いままでの日本的な空気を読む集団での合意形成が限界にあるということだ。
もう、阿吽の呼吸ではなくて、しっかりとルールにそった議論をしないと、政治だけでなく、社会を構成するそれぞれの要素(個人、会社、政府、機関....)間の持続的な信頼関係は築いていけないのでは感じた。
たまたま、いま専門家会議の議事録の事もニュースになっいて、"議事録を作成しない理由について「構成員の専門家に自由かつ率直にご議論をいただくため」"なんて発言が引用されていたりする。でも、自由かつ率直なことと、無責任な発言は違う。大体、速記録と議事録は違うわけで、議事録で大事なことは、まずその会議などの場での合意事項がなにかであり、その合意にいたる背景での主だった賛成、反対意見などが読み取れることで、それは速記録とは違う。さらに、大事なことは、その議事録を出席者がしっかりと確認し、承認するかだ。
こういう集団における合意形成のルールを、日本では阿吽の呼吸が凌駕してきたわけだけど、そろそろまともなルール社会に戻らないとならいないのではないだろうか?