昨日からの研究会の二日目で、今日は佐賀で行われたWi−Maxの実証実験の報告などもあった。 この報告のなかで、非見通しでも通信が出来たという表現がされた。 確かに街中の測定点は、直接基地局が見えない位置関係にあったのたろうけど、それはどの程度のものだったのだろうか? 定量的な遮蔽率の表現など難しいので、見通しか、非見通しかという二値表現で言えば、ちょっとでも見えなければ非見通しというのは事実だし嘘ではない。 しかし、電波の専門家でもない人の前で、”非見通しでも問題なく通信が出来る”という表現をすると、受け取る側は、携帯電話などのイメージで捉えるのではないだろうか? そして、ビルや建物の中でも問題ないと受け取る可能性も大きいだろう。 その辺りのニュアンスについて質問したが、残寝ながら歯切れの良い答えは得られなかった。 こういう実験などの報告では、なるべく成果があった点を強調したくなるのは、仕方がないことだけど、新しい技術に期待している一般の人達には、良い結果も悪い結果も公平に、かつ受け手の受け取り方を配慮して、きちとん表現する事が望ましいのではないだろうか? 実際に、胸を張って、一般の人に”非見通しでも問題ありません”と言える結果が出ているのなら、もちろんまったく問題はないけど、僕にはとても恣意的に聞こえた。