自衛隊にしても、都庁にしても、役所にしても、不思議なくらい議事録がよく破棄されたり、無かったりすることが多いのは、根本的に何か文化的気質が、そこに存在するんだろうか?
今週は、ちょうど公的な助成事業の年度末の会計検査がいくつかあり、今日も今年度で終了する開発案件の一つの検査が行われた。このケースは、月単位で報告を出しているし、中間検査も受けている。
しかし、毎回のように「此処はどうなってますか? 」「それは前回、このようにしなさいと指導されたので、こうしましたが....」的なことが発生する。
一つには、検査員が異動などで変わるために、個々人の基準がずれることにある。分厚いマニュアルが用意されているにもかかわらず、マニュアルの解釈に差異が出るのだ。さらに、悲しいのは、検査員が同じでも、過去の経緯を忘れてしまったりで、こういう事が発生する。
本来であれば、こういうのは、作業終了後にきちんとラップアップして、議事録を作成し、相互が確認、同意して残しておけば良いのだが、そういうことはされない。
それどころか、この類に来る人たちは、裁量的な判断の部分について、口頭でしか指示や指導をせず、メールでさえも言質が取られるようなことを嫌う。まぁ、それはそれで阿吽というか、それが楽というのが、相互にあったりするのだろう。
しかし、ものごとを進めるという点からは、議事録をきちんと残すだけで、生産性も大きく改善するはずだ。
僕は、30年くらい前に、とある企業で2年間くらい営業職にいた。営業職と言っても、取り扱うのは技術的な案件であり、開発部門や製造部門の人達と一緒にお客様と打ち合わせする事が多かった。僕は、本当に字が汚いので、自筆で何かを書くのが苦手なのだが、当時の現場ではメールなんてなかったし、ノートPCもJ3100が発売された直後くらいで、普及してなかった。
そんなわけで、打ち合わせの時には、僕が自筆で議事録を、その場で記載して、お客様、自社相互の参加者に内容を確認してもらい、サインをもらうのが常だった。当時は、会社が議事録用紙なんていう、日付やタイトル、参加者などを記載する枠が印刷された、専用のものが存在していたから、これは僕だけではなく、ひろく普通に行われていた行為だったのだろうが、一方的なメモとして記載して、参加者に確認やサインまでは求めない人がほとんどだった。まあ、間に入るというかPM的な立場になる僕には、とにかく物事を進めるために、参加者の言質をとるという意味で欠かせない行為だったけど、その分生意気な若造って思われていた。
思うに、こういうその場で、議事録を記載し、相互確認し、サインするという行為は、電子ホワイトボードや、ノートPC、メールなどのITの発達によって、失われていったのかもしれない。
まともな人や組織では、打ち合わせ中にスクリーンをプロジェクタなどで共有したり、Googleアプリのようなもので、シェアをしていくスタイルが普通にあるのだが、その場所の環境などもあり、メジャーとは言い難い。
そして、もうひとつ根本的な話としては、打ち合わせ内容をきちんと整理して、議事録とすることが苦手な人が多いことだ。
こういう、人とのコミュニケーションから要点整理、確認をするような訓練は、若いうちからすべきかもしれない。